山﨑武司の結婚相手の奥さんは山﨑寿代?自宅の住所・場所は東海市?

中日ドラゴンズや楽天ゴールデンイーグルスで活躍した、「ジャイアン」の愛称でおなじみの元プロ野球選手である山﨑武司さん。

25年以上に渡る選手生活を支えてきた女性はどのような方なのでしょうか?

山﨑武司さんの結婚事情について調べていこうと思います。

生まれた街を離れたくなかったのか、自宅は出身の県にあるようですよ。

山﨑武司の結婚相手の奥さんの名前は山﨑寿代!

山﨑武司さんは1968年愛知県生まれ。

小学校高学年の頃から野球を始めて、最初は外野手だったところ、中学校に入ってからは捕手として起用されるようになったそうです。

高校はイチロー選手も通っていた愛知県の強豪校にお兄さんのコネを伝って進学。

甲子園に出場することはなかったのですが、2年生の夏の予選では県大会の決勝まで進んだそうです。

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1986年のドラフト会議で中日ドラゴンズに2位で指名され、プロの道に進みます。

最初の頃は目立った活躍が無かったのですが、2軍ながら本塁打王と打点王になるなど徐々に頭角を現し、1996年には年間39本の本塁打を打って、松井秀樹選手を上回り本塁打王に輝きます

そんな山﨑武司さんが結婚をしたのは本塁打王になる2年ほど前の1994年頃だといわれています

お相手は寿代さんというそうですが、いろいろ調べてみても、どのような女性で山﨑武司さんとどうやって知り合ったかなどはわかりませんでした

山﨑武司さんは10年以上にわたって自身のことをブログで紹介していますが、寿代さんのことは「嫁」としか出てこないので、寿代さんが普段何をしていて、どういう風に山﨑武司さんとかかわっているかもわからないのです。

ただ、2019年現在、結婚して20年以上過ぎても「別れた」などという残念なニュースは入ってこないので、夫婦関係はいいものだと思われます

山﨑武司の愛称は「ジャイアン」。男気あふれる性格が時に災いした?

中日ドラゴンズを皮切りに、オリックス・ブルーウェーブ、楽天ゴールデンイーグルスと3球団を渡り歩き、最後は古巣の中日ドラゴンズで現役を終えた山﨑武司さん。

その見た目や「たけし」という名前と相まって、「ジャイアン」と愛称で親しまれています

そもそもは、中日ドラゴンズの先輩にあたる選手の娘さんたちが、山﨑武司さんのことを「ジャイアン」と呼び始めたのだそうです。

高校生時代や楽天に所属していた時などに主将を務めてチームを引っ張っていった姿はガキ大将であるジャイアンと被るところがありますね。

ですが、その男気溢れる性格は時に監督との衝突を招き、自らを窮地に追いやることになるのです。

1999年に起こったことです。

起用のされ方に不満を持っていた山﨑武司さんは、その試合で見事ホームランを打ちます。

本塁打を放った後、一塁へ走る際にベンチにいた監督の星野仙一さんに向かって、「おっさんボケ〜!俺を出しとけば、ちゃんと打つんじゃ!」と言い放ったというのです。

自分の実力を分かってくれず、起用してこなかった監督に対してフラストレーションがたまっていたのは理解できますが、ちょっと暴言が過ぎますよね。

さらに2001年の契約更改の時に、球団側からの条件に納得のいかなかった山﨑武司さんは他球団への移籍を希望します。

しかし、新しい監督に慰留されそのまま中日に在籍

次のシーズンを迎えるのですが、その監督が山﨑武司さんを裏切るような発言をしてしまうのです。

その年の成績が振るわなかったこともあるのですが、この発言に腹を立て、監督に不信感を抱いた形で山﨑武司さんは他球団へのトレードを受け入れ、中日ドラゴンズを退団します。

また、移籍先のオリックス・ブルーウェーブでも、山﨑武司さんの男気が災いする事件が起きます

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山﨑武司さんの地元、ナゴヤドームで試合が開催されたときに、先発での起用が約束されたそうです。

ですが、当日になって先発を外されてしまいます

関係者も多数招待していた試合での先発落ちにショックを受けた山﨑武司さんは、試合開始前に帰宅してしまったそうです。

本人曰く、監督から試合に出られる心理状態ではないと判断され、許可を得た下での帰宅だというのですが、その直前には監督室にバットを放り投げ、ゼネラル・マネージャーに監督の解任を直訴するなどの行為を行ったそうです。

これが「職場放棄」などと見なされ、翌日に懲罰的な意味で二軍へ降格させられてしまいます

その後、山﨑武司さんはオリックス・ブルーウェーブを退団。

野球にも嫌気がさして、引退を考えたそうです。

信頼していた監督から手痛い仕打ちを受け、ショックのあまりに暴れたり、挙句の果てに出ていくというのは人としてどうかと思うかもしれませんが、それだけ人に恩義を感じたり、「この人について行こう」という忠義に近い気持ちの裏返しなのでしょう。

オリックス・ブルーウェーブを退団した山﨑武司さんは、楽天ゴールデンイーグルスに田尾安志監督からの熱いラブコールを受け、渋々ながらも入団。

ですが、田尾監督や、野村克也監督の薫陶を受け、2007年には打点王と本塁打王の2冠に輝きます

男気あふれる山﨑武司さんは、良い監督に巡り合ってもう一花咲かせることができたのです。

嫁(妻)・山﨑寿代との間には2人の子宝(子供)に恵まれていた!

男気あふれる山﨑武司さんと寿代さん夫婦には、ふたりのお子さんがいます

上の男の子が「大貴」さん、下の女の子が「菜々」さんというそうです。

山﨑武司さんの現役引退の時に、息子の大貴さんはお父さんと同じ高校の2年生でしたので、2019年現在は成人していると思われます。

一方、娘の菜々さんは、年齢を特定できる資料がなかったため、20019年現在いくつになっているかはわかりませんでした。

愛知県に在住していた山﨑武司さんの家族。

オリックス・ブルーウェーブや楽天ゴールデンイーグルスに所属していた時は、神戸や仙台に単身赴任していたそうです

それでも、家族の絆が切れないように、山﨑武司さんは毎日のように家に電話をして、子供と話していたといわれています。

時には自分の出場する試合に招待することもあったようで、菜々さんの誕生日に招待した試合では、目の前で2本の本塁打を打ったこともあるそうです。

また、大貴さんは男の子ということもあり、周りから「野球をやらないのか?」といわれることが何度もありました。

ですが、プロ野球の世界で活躍している父親と比較されるのが嫌で、野球の道に進むことはありませんでした。

山﨑武司さんもひょっとしたら野球をやってほしかった気持ちがあったのかもしれませんが、大貴さんに野球を強要したことはないといわれています。

大貴さんは現役を引退するお父さんに向けて、このようなコメントを寄せています。

自分の好きなことを貫いて稼いで、ここまできたというのはすごいと思う。

尊敬する人は?って聞かれれば父と答える。

僕が一番のファンだと思う。

山﨑武司さんと大貴さん、菜々さんとの絆がしっかり結ばれていないと、尊敬する気持ちは生まれてくることはないでしょうから、山﨑武司さんとお子さんたちとはいい親子関係にあるのではないかと思います。

山﨑武司の自宅の住所(場所)は愛知県東海市。一戸建てのマイホームを持っていた!

現役引退後は、野球解説者、少年野球教室の指導、講演等の他、車好きが高じてカーレースにチャレンジするなど、慌ただしい日々を過ごしていると思われる山﨑武司さん。

遠征や単身赴任で家を空けることも少なくなって、自宅で過ごすことも増えていることでしょう。

山﨑武司さんの家は、愛知県東海市にあるそうです。

マンションを引き払い、一戸建てを建てたのですが、ちょうどその時にオリックスブルーウェーブへの移籍が決まり、その後も楽天ゴールデンイーグルスに移籍してしまいますので、中日ドラゴンズに戻ってくるまでは落ち着いてその一戸建てで暮らすことが出来なかったといわれています。

住み慣れていなかった頃は自宅のセキュリティシステムがよく分からず、何度もアラームを鳴らしてしまっていたそうです。

現役を引退してからは、ゆっくりする時間もそれなりに取れるでしょうから、アラームを鳴らすことなく自分で建てた家を満喫しているのではないでしょうか?

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