大仁田厚が結婚した嫁は長与千種で子供はいた?現在病気で死亡説も? | 芸能人の結婚まとめ

大仁田厚が結婚した嫁は長与千種で子供はいた?現在病気で死亡説も?

プロレスラーの大仁田厚さんの結婚相手は長与千種さんだと言われていますがその真相に迫ります!

大仁田厚さんの現在についても言及します!

 

大仁田厚が結婚していた嫁は長与千種なの?→元嫁は一般人だった!

大仁田厚さんと言えば、プロレスラーとしても過激な演出で知られている反面、政治家にもなられた方です。

そんな大仁田厚さんの私生活はあまり知られていません。

大仁田厚さんには離婚歴がありますので、結婚していたことは確かなのですが、その奥様が長与千種さんだという噂がありました。

ですが、これは全くのデマで、大仁田厚さんは一般人女性の方と結婚されています。

どうして長与千種さんの名前が挙がったのか?

よくよく調べてみると、大仁田厚さんと長与千種さんはタッグを結成して、男女混合電流爆破戦をしたからだと思われます。

また、長与千種さんが大仁田厚さんを尊敬していて、そこから恋愛に発展したと誤解されていたこともあるかと思います。

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大仁田厚さんと長与千種さんは結婚していた事実はありません。

 

1986年には長男を授かるも2006年に離婚!離婚前から別居生活だった

大仁田厚さんは一般人女性と結婚した後、1986年に長男が誕生しています。

そのまま幸せな結婚生活を送っているかと思いましたが、2006年に離婚しました。

丁度、長男が20歳の時ですので、その時まで離婚は待っていたのではないでしょうか。

もっと前から夫婦関係は破綻していたようで、別居していましたがついに離婚しました。

 

離婚理由はDVや冨田リカとの不倫疑惑。慰謝料は一億だったwww

では離婚理由は何だったのでしょうか?

離婚の原因は息子さんの海外留学費用や、住宅ローンなどで経済的に苦しく、また暴行容疑で損害賠償を訴えられたこともあるようです。

また、当時は既婚者だった冨田リカさんとの交際疑惑もあり、離婚が決定的になったのかもしれません。

お金の問題、DV、不倫・・・女性が嫌がること全てを集めたような理由です。

そして、離婚に際して財産分与と慰謝料として、1億円で解決したようです。

 

大仁田厚の引退回数は7回で2017年10月31日に最後の引退試合が行われる

これまで大仁田厚さんは7回引退している「引退するする詐欺」のような感じでした。

2017年10月31日にこれが本当に最後の引退試合だと意気込んでいました。

大仁田は、7回目の引退発表の席で、「2度とリングでファイトするつもりはない。帰ってきません」と完全引退を明言した。

私も何度か彼のファイトを目の前で見たので、感謝の意を込めてレスラー人生をプレイバックしたわけだ。

けど、1年足らずで戻ってくるとは思わなかった(笑)。

ネットでは、「やっぱり戻ってきた」「1年って早すぎ」「引退詐欺」といった辛辣な言葉が踊ったが、バッシングと言うより呆れ、笑い、イジリも入っているように思う。

記者会見ではこのようなことを発言しています。

「復帰に条件があります。側面からプロレス界を応援したいという心意気だけはあります。

ただ、あくまでプロレスラーと名乗ることは二度とないと思います。

日本人初のボランティアレスラーとしてリングに復帰したい

つまり、ボランティアレスラーとプロレスラーの違いを「ギャラをもらわないこと」として、今後はノーギャラでリングに上がることも宣言した。

男気があってプロレス愛に溢れた人物なんですね。

 

大仁田厚は現在病気って本当なの?→隠れ脳梗塞を診断されていた!原因はタバコ

2014年11月10日に放送された「私の何がイケないの?」という番組で、最新検査を受けた大仁田厚さんに驚きの検査結果が出ました。

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それは「隠れ脳梗塞」。

「隠れ脳梗塞」は何と40代で3人に1人、50代で2人に1人が見つかるといわれているんです。

60代に至っては8割以上の隠れ脳梗塞が見つかるそうなんです。

「隠れ」というだけあって日常生活ではほとんど自覚症状がないのが特徴です。

大仁田厚さんは当時57歳でした。

プロレスでかなり過激なパフォーマンスを披露する大仁田厚さんですから、頭を強く打ったり、衝撃を受けることが原因なのかな?と思っていたのですが、理由は一日60本以上の喫煙も原因とされています。

 

死亡の嘘はデマだけど…本人は「正直そこまで持たなかもしれない」と弱気な発言も

一説では大仁田厚さんの死亡説が流れていますが、それは完全なるデマです。

そして大仁田厚さんらしからぬ弱気発言も飛び出しました。

「正直そこまで持たないかもしれない」

 

2014年時点での余命は残り3年1ヶ月だったけど、2018年9月28日にボランティアレスラーとして復帰

2014年の時点で大仁田厚さんは余命3年1ヶ月だと告白していました。

それから5年、2019年も大仁田厚さんが死亡したという報道はありません。

しかも、余命など吹き飛ばすように、2018年9月28日にボランティアレスラーとして復帰を果たしているのです。

よみがえったカリスマが姿を現すと、超満員の観衆は大興奮。

大仁田は会場中が戦場と化す大乱戦の中で得意の机上パールドライバーを放つなどブランクを感じさせないファイトを披露し、最後は自ら電流爆破バットを雷電にたたき込んで爆殺した。

試合後はマイクを持ち、「リングは最高じゃのー!」と絶叫。

「ボランティアレスラーは電流爆破をやっちゃいけません」と自嘲しながらも「1回の人生、1回の人生、目いっぱい生きようじゃないか!」とファンに呼びかけた。

余命3ヶ月を宣言されたにもかかわらず、ここまで復活するのは大仁田厚さんらしいです。

 

過去には試合後に意識不明となり臨死体験を経験しているらしい…

大仁田厚さんはまさに命がけでリングに上がっているのでしょうが、過去にはこんな経験がありました。

ちょうど21年前の1993年2月、喉が痛くて寒けがして、ずっと風邪だと思っていたんだよ。

病院で喉の中を切って膿を出してもらったら楽になったんで、予定通り鹿児島で試合に臨んだ。

ところが始まってすぐ、息ができなくなり、リングが逆さまに見えるほど具合が悪くなった。

試合を中断したかって?

プロなんだから、そんなことするわけないだろ。

チャンピオンベルトをかけた有刺鉄線試合。

試合時間は20分くらいだったかな。もちろん、勝った。

でも、試合後は呼吸困難で意識不明になり、鹿児島の病院に救急搬送されたんだ。

やはりプロなんですね。

リングに上がると一気にアドレナリンが出るのでしょうか。

これまでプロレスの試合で抗生剤をたくさん飲んできたから、耐性ができていて抗生剤が効きにくい。

「これが効かなければもうダメ」という、最後の抗生剤が運良く効いて、まさに九死に一生を得たんだ。

この間、俺は臨死体験をしてるんだよ。

スナックで飲んでいたのに、気がつくとロシア。

きれいな麦畑があって、そこに大きな木があり、幹に入ると気持ちいい。

ところが、「お兄ちゃま」って呼ぶ声が遠くから聞こえる。

今から思うと、あれは母さんの声なんだよな。

こんなに幸せなのに、と思って振り向くと、今度は雪山にいて、すぐ近くに熊! 〈俺がやっつけなくては〉と正義感で向かっていったら、熊に殴られ、そこで目が覚めた。

大仁田厚さんの生きざまを見て、勇気とエネルギーをたくさんもらう後輩プロレスラーもいることでしょう。

これだけ命の危険を経験すると、むしろ長生きするという例を体現しているのかもしれません。

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