稲川淳二が結婚した嫁や結婚式について。次男が死去・死亡したの?

今回は稲川淳二の結婚や次男の噂などについてまとめていきます。

稲川淳二が結婚した嫁・尚子はどんな人?結婚式についても気になる!

様々な番組で「怖い話し」をするタレントとして有名な稲川淳二さん。

そんな稲川さんは結婚されているそうですが、奥さんはどのような人なのでしょうか?

それについて調べてみたところ…

稲川淳二さんは1977年に青森県弘前市出身の一般人女性・尚子さんと結婚しました。

稲川さんが尚子さんという女性と結婚したという情報は見つかりましたが、尚子さんは一般人のため、情報は公開されていないそうです。

しかし某掲示板では「けっこう前に稲川淳二の嫁がテレビに出てたけど、強めな感じの美人だった」と書かれていたのを目撃しました。

稲川さんと奥さんの結婚式についての情報も見つかりませんでしたが、奥さんは現在、稲川さんが所属する事務所の社長をされているそうです。

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嫁の尚子とは25年間別居していた!何故別居してしまったのか?

稲川淳二さんは奥さんである尚子さんと「25年間別居をしていた」との噂が話題になっているそうです。

25年間も別居ってこれまたすごいですね。

なぜそんなにも長い間別居していたのでしょうか?

それについて調べてみたところ…

嫁の尚子さんは、1990年の正月に突如として家から姿を消してしまったそうです。

それ以来現在まで稲川淳二さんは嫁と25年以上も別居状態が続いており、冠婚葬祭などで10回ほどしか会っていないものの、事務所の社長としての業務はずっと継続してきたようなので、「給料を振り込む、込まれる」関係だと明かしています。

2015年頃に稲川淳二さんの嫁は長男の稲川貴洋さんと新居に移ったようですが、稲川淳二さんには長男すらも家を教えてくれないようです。

それでも離婚を選択しない理由は「(会わないことで嫁に迷惑をかけないこと)それも愛情」だと稲川淳二さんは語っています。

とのことで、稲川さん夫婦の別居は現在進行形だそうです。

「(会わないことで嫁に迷惑をかけないこと)それも愛情」とは一体どういう意味なのか気になりますよね。

しかしこれはきっとご本人達にしかわかり得ないことなのでしょう。

稲川淳二の子供は息子が2人いた!

そんな稲川淳二さんには息子さんが2人いるそうです。

稲川淳二さんは嫁との間に1977年に第一子となる長男が誕生し、1986年に次男が誕生しました。

とのことです。

長男は俳優の稲川貴洋!

お次は稲川淳二さんの長男について見ていきましょう。

稲川淳二さんには子供が2人おり、長男は俳優の稲川貴洋さん。

とのことで、稲川さんの長男は俳優の稲川貴洋さんだそうです。

稲川貴洋さんに調べてみましたが、情報がほとんど出てきませんでした。

次男に障害で死亡・死去の噂が!?「クルーゾン病」という病気だった!

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稲川淳二さんの次男に「障害や死亡」の噂があるそうです。

それについて調べてみたところ…

・次男の稲川由輝さんは生まれながらの難病「クルーゾン氏症候群」により2013年に26歳の若さで他界しています。

・稲川淳二さんと嫁は長男の稲川貴洋さんが生まれて非常に幸せだったことから、さらに幸せになると思って次男をもうけました。

しかし、生まれて直後に次男は黒目が常に上を向いている状態で白目を向いており、いろいろ病院を回って調べて貰ったものの「問題はない」と言われるばかりだったようです。

嫁が「そんなはずはない」とさらに病院を回ってみると、最後にかかった病院で「クルーゾン病」であることが診断されました。

「クルーゾン病」とは先天性の遺伝子疾患であり、あらゆる疾患を併発してしまう重度の障害です。

とのことで、稲川さんの次男である由輝さんが「障害で死亡」という噂は本当だったそうです。

とても悲しい出来事で、言葉に詰まってしまいますね。

「クルーゾン病」は生まれつきの病気だそうですが、「由輝さんの黒目が常に上に向いている」などの症状が出ていたにもかかわらず、複数の病院で「問題はない」と診断されていたという事実にも驚きです。

優秀な医者はそう多くはないみたいなので、疑ってかかったほうが良いということなのでしょうか。

稲川淳二、朝日新聞のインタビューで明かした次男に対する衝撃の本音とは?

稲川淳二さんは「クルーゾン病」という障害を持って生まれてきた息子さんに対し、朝日新聞のインタビューで衝撃の本音を暴露していたそうです。

稲川淳二さんは重度の障害を抱えた次男のこれからの苦難の多い人生と、それを支え続けなければならない嫁のことを思うと、手術の前に病院のベッドで寝ていた次男を窒息死させようとしたこともあったようです。

「周りを見たら、病室には誰もいない。私ね、スーッと手を伸ばしたんですよ。

鼻まであとわずか1cmのところまで手が伸びたんだけど、ブルブルブルブル震えてできないんです。

そのうち、「やめておけよ」っていう声が聞こえたような気がして、ふーっと手をどかしたら、女房が部屋に入ってきたんですね。」

次男を殺すことを思いとどまった稲川淳二さんは、丸一日かかった大手術を終えて手術室から出てきた次男を見て衝撃を覚えたそうです。

まだ生後4ヶ月の小さな体ながら、大手術を終えて息をついている次男の姿を見て、殺す寸前で思いとどまった稲川淳二さんは深い自責の念に駆られて、次男の父親は自分なんだということを強く自覚し「俺はお前の父ちゃんだぞっ」と何度も次男の名前を叫んだそうです。

稲川淳二さんは次男が障害者だったことから、それまでの障害者に対する考え方や怪談のスタンスにも強い影響を与えたようです。

稲川さんは次男の障害にショックを受け、今後の大きな不安から「次男を殺そうと思ったことがある」という発言をしたのが衝撃の本音と言われている部分ですね。

テレビなどのインタビューで障害者の子を持つ親から「子供を殺して私も死のうと思った」という内容のセリフを度々聞くことがあります。

障害者の子を持つということは、想像を絶するほどの心労が多いということなのでしょう。

稲川さんが発した言葉は「衝撃の本音」と表現されていますが、簡単に批判できる発言ではない、批判してはならない発言なのではないでしょうか。

ご家族で様々なことを乗り越えてこられたみたいですね。

以上、稲川淳二の結婚についてのまとめでした。

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